UIデザインのガイドラインとの付き合い方

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UIデザインの仕事をしていると、iOSやAndroidといったプラットフォームが公開しているデザインのガイドラインとどのくらい折り合いをつけていくかということがしばしば議論の的になります。

私がアプリをデザインする場合は、ウェブのデザインをするときよりもそれを多く尊重しますが、ウェブの場合は独自のガイドラインを重視しています。

ガイドラインの意味

そもそもUIデザインのガイドラインとは何なのでしょうか。端的には、システムの振る舞いやグラフィックとしての表現方法に一貫性を持たせるための指針であると考えています。ノーマン風に言えば、行動的な側面で、デザイナーがシステムイメージを適切にデザインすることを助け、ユーザーのメンタルモデルに寄り添うための指針と言えるでしょうか。デザインシステムではこれを機能パターンや認知パターンというふうに呼び分けていたりします。

ガイドラインに定義された振る舞いを忠実に守るシステムは、それがどのように動作するかをユーザーが容易に想像できます。きっと操作を誤って嫌な体験をしないような準備も万全でしょう。一貫性のあるシステムは一般的に使いやすいと言われます。

人々のUIに関する知識は、特にここ数年の間に、プラットフォームのガイドラインに示されたパターンを(部分的にでも)取り入れてデザインされた、数多のアプリによって底上げされたように感じています。そして私たちデザイナーは、強化されたパターンを自らデザインしているプロダクトに取り入れることで、ユーザーの課題達成を手助けするデザインを素早く簡単に提供できるようになりました。

しかし、私たちデザイナーは盲目的にそれを受け入れてしまって本当に良いのだろうか、という疑問も生まれてきます。プラットフォームが提供するガイドラインは、いわば人々の行動をより良くサポートするためのノウハウ集です。そのエッセンス以上のことまでを取り入れてしまうと、どこかで見たことのあるような無難なデザインに行き着いてしまいます。無難なデザインは悪くはないですが、良いとも言い切れません。

ガイドラインとどう付き合うか

当たり前の機能的な品質を有するためにプラットフォームのガイドラインに寄り添うことは有効ですが、頼りっきりではどうしても思考の幅が拡がっていきません。ストレッチした品質を手に入れるために、ここでは一つの側面として、それとどう付き合っていくかを考えてみましょう。

パターンを知るための教科書として。ただしご利用は計画的に

ガイドラインは、基本的に過去のアイデアをまとめたものです。人々の思うUIの知識が凝縮されているので、人がUIをどのように理解しているかを理解できます。その点で、一通り目を通しておきたいところです。

しかしどんなガイドラインも未完成であること、すべてのシステムにフィットしないことを理解する必要があります。デザインはしばしば新しい対象のための行為ですが、そこには新しい価値観が必ずあるはずです。新しい価値観には常に新しいデザインが必要です。ガイドラインは未来を示してはくれませんから、これに傾倒することは、新しいアイデアの芽を摘み取ってしまうことになり得ます。

冒頭でもすこし触れましたが、私がガイドラインを万能な道具箱のように扱うことをせず、参考程度にとどめている理由の大半はここにあります。パズルを組み立てるだけでは、新しい価値観にふさわしいデザインをすることが難しいと考えているからです。

ただし現実的には、UIとエンジニアリングとの間には密接な関係がありますので、何もかもを無視して良いという話でもありません。

ビジュアル面は強い意志をもって作り下ろす

私たちが普段デザインしているプロダクトのビジュアル面に関するガイドラインは、当然ながらプラットフォームのガイドラインにはありません。これは独自に定義していく必要があります。プラットフォームのガイドラインにあるビジュアル面のパターンは、あくまでそのプラットフォームのものです。これに傾倒すると個性がなくなります。本能的にも内省的にも魅力はあまり感じられないでしょう。使いやすさとバランスをとりながらビジュアル面のトーンやパターンを作っていきます。

未来に向かって

ガイドラインのような整理されたものを見てしまうとついそれが唯一の正解のように見えてしまいがちですが、それがサービスやプロダクトにとって本当にフィットするものなのかどうかは常に気にしたいところです。ガイドラインは薬であり毒でもあります。

堅実な仕事も当然必要ですが、新しさや面白さと向き合う機会を失わないために、ガイドラインとの付き合い方、ひいてはデザインのパターンとの付き合い方を考えてみてはいかがしょうか。